こんな悲しい別れはない。桑田真澄が巨人を去る。きょうのスポーツ紙の一面に踊った見出し、それが「引退」だったらまだ納得できていたのかもしれない。だが、そこにあったのは「退団」の二文字。駒田や落合、そして昨年の清原。彼らが出ていったときも切ない思いをした。しかし、それとはまた別の、それ以上の大きな感情に揺り動かされている。オレの巨人が終わる
KKコンビ。野球というスポーツを知ったとき、甲子園のマウンドには桑田がいて、同じチームには特大のアーチを放つ清原がいた。PL学園は強かった。小学生のときはスポーツ少年団の野球チームに入っていた。白球を追いかけるウチにとって、彼らはあこがれの存在だった。桑田はウチの大好きな巨人に入団、エースナンバー18を背にきょうまで21年間投げ続けてきた。たしか東京ドームがオープンする前年、1987年に後楽園を訪れたとき、ウチはそこでひとつだけ巨人グッズを購入した。なけなしの小遣いで買ったのは桑田真澄投手のテレホンカード。入団2年目の年のもの。いまでも大切な宝物だ
いくら由伸が打っても、松井が打ったときのようには喜べなかった。同じように上原で勝っても、桑田で勝ったときのようには喜べていない自分がいる。なぜかは分からない。そして、もう誰もいなくなる。そんな巨人のなにを応援すればいいのか?その自問に答えられない
巨人のユニホームで200勝し、引退後は巨人軍の監督に。これがウチの描く最良のストーリー。巨人の黄金時代は川相か桑田が監督になったときにやってくる。長年いい続けてきたウチの持論だ。いまのダレた巨人を立て直せるのは桑田しかいない。原監督の次は桑田で。ウチはそう決めていた。それなのに…。巨人のユニホームを脱いで移籍するということは、将来的な監督の座を失うことに等しい。少なくとも現時点では。なぜなら、巨人軍監督には生え抜きの選手しかなることは許されないからだ(初代監督を除く)。いま、巨人は暗闇のなかで迷い道にはまり込んでいる。桑田の恩師にしてウチがもっとも好きだった監督、故藤田元司さんは『あと3年はかかる』といって旅立った。ここ数年、巨人には悲しいニュースが多すぎる。黄金の輝きが消えていく
退団の理由は現役続行、そして200勝を達成するため。このまま巨人にいては出場機会がないと判断したからだという。元木大介は昨オフ、まだまだ選手としてやれるのに引退を選んだ。巨人というブランドで終わりたい。その気持ちはよくわかる。同じ立場だったらウチもきっとそうするだろう。だが、桑田は違った。そこが桑田の桑田真澄たる所以であり、尊敬する理由でもある。努力を知る男。ウチは200勝達成をずっと願ってきた。「心がまだ燃え尽きていない」「目標に向かって努力していく姿勢が男の美学」といいきった桑田はかっこいいし、これからも応援したい。でも、ユニホームだけは変わってほしくない。巨人のエースナンバーは桑田しか知らないんだよ。ウチの手もとには『100th Victory Kuwata 18』と書かれた色紙がある。200勝のときもKuwata 18で。もはやそれが叶わぬ願いでも…桑田、行かないでくれ
『LIFE IS ART MASUMI KUWATA 18』
2006年9月23日
お別れ
友へ
今年は、たくさん話をするつもりだったけど、全くできなくて本当に申し訳ないね。
2月に、人生の師、藤田さんが他界され、直ぐに祖母ともお別れをしなければいけなくなった。
別れが多い1年かもしれないね。
このページも、2000年から続けてきたけれど、今年でお別れになると思うし、
何より、明日、ジャイアンツのユニホームでマウンドに立つのは、おそらく最後になるだろう。
21年間、大きく育てていただいた、ジャイアンツに心より感謝している。
明日は、短いイニングだけど、友への感謝の気持ちを胸に投げたいと思う。
桑田真澄のたった一度の野球人生を、大切に、そして誠実に生きたい。
長い間、ありがとう
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公式ホームページ
・Yomiuri Giants Official Web Site
Wikipedia
・桑田真澄
スポーツ報知
・桑田退団、200勝へ現役続行…メジャーも視野
・桑田に聞く…「心がまだ燃え尽きていない」
・桑田!桑田!桑田!3500人が惜別コール
・桑田が巨人退団の意向…来季現役続行を希望
・桑田に聞く…「目標に向かっていくのが男の美学」
日刊スポーツ
・桑田涙…2軍で最終登板、ファンの叫びに
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